鉛筆を知る歴史・日本
徳川家康の鉛筆から、明治維新後の国産化までをたどります。
鉛筆の歴史 日本では・・・
日本で一番最初に鉛筆を使ったのは?

静岡県の久能山東照宮博物館に徳川家康の遺品として1本の鉛筆が展示されています。
ヨーロッパでつくられた鉛筆がはるばる海を渡り、幕府へ献上されたものと思われます。
伊達政宗も鉛筆を使っていたと考えられます。
昭和49年(1974年)墓所・瑞鳳殿の発掘が行われた時に約7cmの鉛筆が発見されています。
日本で本格的に鉛筆が使われるようになったのは明治維新後のことです。
「日本の鉛筆工業の歴史」
明治時代になり、新しい国づくりのなかで、ヨーロッパやアメリカの仕組みや物を意欲的に学び、取り入れ始めました。そして、すべての青少年が平等に学習する教育の仕組みも取り入れ始め、今まで以上に多くの鉛筆も必要になりました。
ただ、日本の学習用の筆記具は主に筆でこれは筆算などには不便でした。そのため、日本国内で鉛筆をつくるために、オーストリアやドイツに伝習生を派遣し、技術習得させたのです。
明治6年(1873年)に、海外で鉛筆やガラスなどの製造技術を学んだ伝習生が帰国しました。そして、その製造方法に習って小池卯八郎が、国内で最初に鉛筆をつくったとされています。小池氏は明治10年(1877年)に東京・上野で行われた「第1回内国勧業博覧会」で、「教育ノ器具」として、国産の鉛筆を出品しました。
また、眞崎仁六は、明治11年(1878年)、フランスのパリで開かれた博覧会で出品されていた鉛筆を見て、その製造方法を研究しました。
そして、明治20年(1887年)に水車を動力とする鉛筆工場(現三菱鉛筆)を東京に建てたのでした。
明治時代に鉛筆を製造し始め、いまも変わらず鉛筆をつくりつづけている100年の歴史をもつ会社がいくつもあります。
あわせて読む:鉛筆の始まり(世界の歴史)
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